2016年11月20日日曜日

クラーナハ

クラーナハの大回顧展

 ギリシャ神話や聖書から着想された奇抜なテーマと裸体画が圧巻の企画展。同時期のフィレンツェやローマ、ヴェネツィアのイタリア・ルネサンス絵画とはまた違った面白さがある。
 クラーナハは、ドイツ、ヴィッテンベルクで16世紀前半に活躍した西洋絵画の巨匠だ。ウィーンで絵画修業を終えたクラーナハは、西ヨーロッパで強大な力を誇った、神聖ローマ帝国のザクセン選帝侯に見出され、専属の宮廷画家となった。
 王侯貴族の注文で、彼ら一族の肖像画やキリスト教のテーマに基づいた寓意画などを描いた。クラーナハの絵画は、他の貴族・王族への贈答品として外交に使われたり、選帝侯一族の権威を高めるために大いに利用されていた。
 またクラーナハは、独立採算の大規模工房を持つ優れた実業家でもあった。徒弟制に基づく彼の工房では、絵画や版画が分業体制で運営され「手足だけ描く担当」「背景担当」など絵画のパーツごとに専門家が効率的に担当していたそうだ。
 クラーナハが生きた16世紀、イタリアではすでにダ・ヴィンチらにより、一点透視図法や空気遠近法など、写実的な近代絵画技法に基づくルネサンス絵画の技法が浸透していた。
 しかし、ドイツでは、イタリア・ルネサンス絵画の影響を受けたデューラーらが出た一方で、依然として前時代的な「後期ゴシック様式」の中世的な絵画手法にとどまる作家が多かった。



 クラーナハは、「後期ゴシック様式」の香りがする絵画を描いており、ローマやフィレンツェより50~100年くらい遅れていたように見える。技術的には超一流ではない。やはり写実性ではイタリアの巨匠や、同郷の巨匠、デューラーに及ばないのは比較展示でよくわかる。
 しかし彼が同時代の画家と比較して優れていたのは、斬新な絵画テーマを採用した画題選択の革新性にあった。宗教画の文脈から、女性のヌードだけを独立して抜き出して大量生産を行った。また寓意性や風刺性に満ちた絵画テーマの選択は、ルネサンス的な精神に根ざした新しい試みだったといえる。またクラーナハは、宗教改革のマルティン・ルターと親交が厚く、ルターの宗教改革運動のイメージアップの為の「広報活動」に深く関わった。

 前述のように今回展示では、クラーナハをはじめ、デューラー、メッケネム、ショーンガウアーなど、同時代のドイツ人巨匠達の版画が比較展示されている。技巧的に一番上手なのはやはりデューラーが抜きん出ているのだが、クラーナハの得意とした「女性の妖しさ」や寓意にあふれた個性的な宗教画は、技術的には同時代の巨匠からすると見劣りは否めないが、着想のオリジナリティに、次第に引き込まれていくような中毒性がある。クラーナハやその同時代の作品が90点以上も集めた日本で初めての回顧展。期待以上の好企画だ。

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